2009-07-27 菊地成孔サマースクール「作曲、録音、演奏に於ける構造/音楽理論の拡張」

21_21 DESIGN SIGHTで開講されていたサマースクール「作曲、録音、演奏に於ける構造/音楽理論の拡張」に参加してきました。「音楽の時間」として銘打たれたこの講義の講師は、私が愛してやまない菊地成孔さんです。うおー。
愛してやまないなんて言葉にすると陳腐になってしまうから言いたくないほど敬愛している菊地さんなのですが、荒俣宏氏と並んで一生涯憧れの的となり続けるお人であることでしょう。
さて、肝心のトークの内容ですが、予め出されていた題目「作曲、録音、演奏に於ける構造/音楽理論の拡張」とは若干外れているかな、という印象を抱きつつ、でも面白かったからそんなの何だっていいよ。というくらい大満足の内容でした。
大体が音楽理論に関することについて話していたのですが、別段難しいということもなく、カルチャーセンターな雰囲気にジャストフィット、ちょっとしたトリビアちっく、な難易度でした。
そして時々暴言時々脱線。そんなにみつをネタを引っ張らんでも。後半に進むにつれどんどん饒舌加減が加速され、暴言(これは褒め言葉です)が増えていった印象でした。
菊地さんの加速する饒舌トークに耳を傾けながら、この人のトークは書く文章にそのまま表れているなぁとぼんやり思ったのでした。
最後にほんのちょっぴり自身の作曲手法について語っており、個人的にはこの部分が最も有意義な時間だったのではないかと思います。
具体的には、DUB SEXTETの楽曲について。
以前にDUB SEXTETの菊地氏インタビューを読んでいたときに、インタビュアーが「物凄い変態的なつくりですね!」と興奮気味にインタビューしているのが文面からも伝わってくるほど興奮している記事を読んだのですが、音楽に全く造形深くない私には、何のことだか意味が分かりませんでした(つまり、「菊地好き」ということは「菊地音楽好き」ということには直結しないのでした。私の場合。でもSPANK HAPPYは好きです。狂うほど聴きました)。
どのように曲がつくられているのかというと、楽器ごとに全く異なるリズムで演奏させるという方法でした。例えるなら、同じテーブルに着席した人たちが全く異なった話題を話しているといった感じでしょうか。けれども不思議なことに何故か会話が成立しているという。
DUB SEXTETの曲を聴いたことはあったのですが、何故だかとてつもない不安感とむずがゆさに襲われるので積極的に聴く方ではありませんでした。その理由がこの講義でようやく理解できたのでした。
おそらく人によってはこの「一見かっちょ良い曲だけど良く良く聴くと何か変」な雰囲気によってトランス状態へと導かれ、良くわからんがDUB SEXTET最高ー! うおー。となるのでしょう。
だって菊地さんだもの。みつを
そういえば、何かの漫画のあとがきに、語尾に「ですぜ」をつけるとギャラリーフェイクのフジタになるというのを読んだことがあります(ヘルシングだったかしらん)。
つまり、パーソナリティの決定に「語尾」が大きな影響を与えているという訳ですね。これはすごい発見でずぜ。